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 ――ライフ・ログ・アウト (つづき)

 監視カメラ、声紋、指紋チェックを通り抜け、ガラス戸の正面玄関が開く。僕はお世話になったことがないが、有事の時の診療は全てここで行っているらしい。久我峰は、さっきまでの様子が嘘のような無表情で、カツカツと踵を鳴らし、廊下を歩いていく。カードロック式のエレベーターを呼び出し、目的の階へ。ポーン、という場違いな効果音でそこに辿り着くと、ドアが開くまでの瞬間に、出来る限りの覚悟をしておいた。――代替結晶は、5つ。使うことになるとは思わないけれど、僕の感情許容値が越えない保証は、どこにもない。こっちが戦闘を仕掛けるようなことがあったら、その時点であらゆる均衡が崩れてしまうだろう。これ以上、久我峰の精神を支える「友達」を減らすわけには行かない。最大限の自重をする。そうだ、彼女に逢ったら、僕も笑ってお見舞いするとしよう。こんな事になって、一番気落ちしているのは、きっと木乃葉本人なのだから。「行くわよ」聞き慣れた催促に頷き、僕らは病棟の中へと足を踏み入れる。そこは、……言いにくいが、何の変哲もない病院の風景だからこそ、強烈な違和感を覚えるという……そんな場所だった。手狭な診療所が、ついさっきまで営業していましたと言われても、信じたかも知れない。峠午前は異様なまでの綺麗好きで、趣味は日に3回の掃除だったと聞かされたことがあったが、……なるほど、整頓好きやら何やらが組み合わされば、こんな状況も起こり得ると言うことか。「――随分待ったよ、我が主。いや、もう主では無くなってしまったんだよな、絶対者」ふと、後ろから聞こえてきたのは、世間話でもするかのようなトーンで放たれる、裏切り者の声だった。「……ドクター」「嬉しいね、まだそう呼んでくれるのかい? 背信者にもそこまで寛容な姿勢を見せてくれるとは。いや、俺はまだ君のことを過小評価していたようだ。見損なっていたというんだな。まだまだと言うことだ、俺も」すらすらと軽口を並べ立てる、長身の男。……峠午前。『外科医』。ある意味で、ほとんど予測通りの風体をした男だった。人を食った闇医者にして、久我峰の手中にあった唯一の、『非能力者』というカード。この男は、ただその卓抜した医療技術だけで、彼女の目に止まり、選抜された。突然変異によって得た身体能力で人を狩り続けたわけでもなく、未来を見通す視界を得て人を導いてきたわけでもなく、特定領域の全てを感知することで人を支配してきたわけでもなく、物質が持っている志向性を改変させて人を潤してきたわけでもなく、潜在的に持っている可能性を無理矢理目覚めさせて人に進化を促したわけでもなく、外部の情報に同調させる事で人の意志をコントロールした来たわけでもなく、空間の境目と言う概念を凌駕して人をさらい続けてきたのでもなく、ただ人を弄り、分解し、結合し、その形の終局を見極めようとした男。それが、目の前にいる峠午前という例外だった。「木乃葉は?」「奥の病室だ。今は寝ているかな、起きているかな……?」ぺたぺたと、スリッパの出す間抜けな足音を響かせて、歩く。そして、「一応言って置くけど、彼女の前でエキサイティングな言動は御法度だ。まだ情緒不安定みたいなんでね」大して重要度を感じさせない説明を付け加えて、ドアを開けた。中は二重の個室になっていて、ここで下足は脱がなければならないらしい。防音壁に覆われた、白い部屋。中央にはアルコールらしきスプレーとマスク、手袋の用意がしてあった。「君も入るのかい? 主治医としては、面会は彼女だけにして置いて欲しいんだけどな」「それじゃ、連れてきた意味がないわ」久我峰は間髪入れずにそう答えると、消毒の手順を踏み、僕を目で促した。嫌な予感を押しやりながら、無機質なスプレー缶を手に取り、吹き出した冷気を擦りつけ、考える。……おかしい。状況は、ここまでのやりとりを見るに、峠午前が完全に主導権を握っている。返事の内容は確か、こいつを見逃す代わりに、木乃葉在良を引き取るという話だった。なら、ここまで余裕たっぷりな空気は出せないはず。この闇医者が並外れた人格破綻者だったとしても、久我峰透を敵に回して、ここまで悠然としていられるハズがない。なら、「行くわよ」……おそらく、掴んでいるんだ、急所を。この状況でそんな手を仕込むとしたら、もう、「彼女しか居ないねぇ」――考えを読むかのように、台詞を継ぎ足された。「そんなに睨むなよ。考える時は感情が表に出る方みたいだね、君。注意しようぜ?」ぬらりとした笑顔で、ペーパータオルを渡される。その時。                    ――――。甲高い、音が聞こえた。細くて遠い、声が聞こえた。どこかで聞いたことのある、懐かしさすら覚える中高音域。でもコレは、この音は、こんな状況で聞こえて良いはずがなかった。「ありゃ、彼女に注意し忘れちゃってたか」男は、軽い調子で瞳を細める。「絶叫禁止、って」

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