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――頼むから静かにしてくれ
「ありゃ、確かにそうかもねー」八重子が呟く。雨上がりの昼下がり、角部屋である2-Aの空気は重い。「あの笑顔はないわ。普通のカンケイなら」「そうかしら」奈美が言い返す。「あの二人なら、そういう感情抜きで接することだって有ると思うけど」「肩組んで道歩いたり?」「有り得ないことはないでしょ」言葉を切って、メガネを直す。奈美は慎重に言葉を選びながら、軽薄に煽る八重子をどうやって諫めようか考えている風だった。「家族とか、近しい友人ならアレくらい――」「家族、ねぇ」千恵が口を挟んだ。「それにしては不健全な距離だと思うんだけど」黒い文庫本を置いて、弁当箱の脇のお茶を手に取り、そう発言する。「でしょー? あんなベタベタしてるんだから、きっと」「ただの憶測じゃない」八重子が嬉々として話そうとしたところに、奈美は精一杯の冷静さを装って呟いた。旗色は悪い。私の希望を代弁してくれるのは、この輪の中では奈美だけのようだし、彼女は実のところ理論派でもクールでもない。感情に押し負ける自分が嫌いで、そう振る舞うしかないというだけの子だ。「私なら、姉妹とかでもそんな風には接しないけど」「……それは、あなたが特別ドライだからで、」「幼なじみ」千恵は突き放すように、関係を表す単語を口にした。「仲を疑うのに、充分な近さだと思うんだけど」忍び笑いが漏れる。奈美は俯きながら、いやらしい笑顔を浮かべた八重子に、無言の視線を送る。「まー確かに、近すぎるとそういう感情も湧かないっつーけど……ありゃーどうなんだろうね」楽しそうに悩みながら、八重子は探偵のようなポーズで細いアゴを摘んだ。「単に気が付いてないだけ、というケースもある」ペットボトルのふたを弄りながら、千恵は容赦なく言い足した。私は暗い気持ちで、雨に濡れた蜘蛛の巣を見やった。小さな葉っぱが、砂糖をまぶしたお菓子のように輝いていた。「……仲が良いっていうのは、確かに疑いようがないけど」不利を感じながらも、奈美は抗弁する。「それが恋愛関係に直結するなんて、短絡的だと思う」「何言ってンの。女は頭で考えず、ただ感じるんだよー」気楽そうに語る八重子。「状況がこれ以上なく語ってるだろ」溜め息を1つ吐いて、千恵。「状況って言っても、伝聞と推測だけで、」「……何の話ですかぁ~?」奈美の言葉を遮って、さっきまで熟睡していた留美が声を上げた。うるさくし過ぎて起こしてしまったらしい。「あいつらデキてんじゃないのーっていう、下世話な話だよん」「……げせわって何でしょう?」「下品の親戚さ」千恵は、さすがに呆れた様子でツッコミを入れた。「ふぁ」小さなあくびを噛み殺し、「……おやすみなさいました」再び夢の中へ。私達は無言でその様子を見守りながら、下品はだめです、ぺなるてぃですー、と呟く留美にある意味での尊敬を示し、一つ頷いた。「理紀はどう思う?」奈美が、とうとう私に話を振った。元々は私の味方をするために居たハズだけど、彼女の容量はそろそろ一杯らしい。「……考えてもしょうがないんじゃないかな」言うと、八重子は勝ち誇ったように目を細め、奈美は目を丸くした後そっぽを向き、千恵はただ片眉だけを上げ、留美は楽しそうな寝言を出して喜んでいた。「でも、それじゃ私達の集まった意味が、」「無いわよ。意味なんて無い。これは、そういうのと無関係でやってることなんだから」冷たく言い切ると、奈美は少し傷ついたような顔をしながら、言葉を飲み込んだ。八重子は肩をすくめて、やれやれと言う表情。千恵は薄く笑って、「じゃあ解散かな」呟く。「ええ」私は応える。無音のイヤホンを耳から引き抜き、喧噪が帰ってくる。彼女たちはそれぞれの余韻を残しながら、教室の風景に溶け込んでいき、チャイムと同時に消え去った。担当教員は律儀に出席を取り始め、教室は一定の緊張感に満ち、静かな時間が流れ始めた。「忘れようったって、無駄だからね」八重子の意識が耳元で囁く。聞こえない。私は数式を写している。