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思い出すのが怖い訳じゃない。ただ、懐かしい過去を回想するとき、人は何かしらの痛みを伴うもので、それが僕にとっては決して小さくないと言うだけの話だ。物語になる以前の静寂した環境。もう二度と戻らない日々。今でもその事を思うと胸がチリチリと焦がれ出す。それでも、――ああ、それでも、たった2ヶ月前の話だったのか。話せば長い。ただ、今の僕を見てその結果は察しているだろうから、どう中身が推移したか、そこに絞って話を切り上げていくとしよう。

 単純に言えば、僕は厄介な秘密を持ち、それが露見したことで「通常の世界」から市民権を喪って、この久我峰透を主人公とした物語の世界へ巻き込まれることになった。そこに到る流れは、さっき言ったように蛇足とさえ思える。でも、それが今になっても思い返されるのは、そう……それが決して回避できない問題では無かったからだ。悪友は、かつて僕を指差し、「それが属性なんだろ」と言った。久我峰は「運命」と言う。七海なら「宿命」とでも言うだろうか。ともあれ、そんな安い感傷と後悔を生じさせた、「代理人」有賀悟史の喪失を話そうと思う。上の空で聴いてくれると良い。これは、もう何度も辿ってきた、分岐のない回想録なのだから。

 あのころ、僕は遠見岬市にある、何の変哲もない高校に在籍していた。出席状況や普段の素行にも特に問題がない一生徒として、1368人の中に上手く紛れ込んでいたと思う。優等生グループや不良の集まりと言った明確な階層は分からなかったが、知り合いの質にもそれほど偏りは無かった。まぁその分、付き合いの深い友人というのは数少なかったが、人付き合いが少ないほど秘密を持った人間は安心できる。だから、この生活には何の不満もなかった。安らいでいた。それは、ひどく脆い足場の上に成り立っている平和だということを忘れそうになるくらい、長く続いた。一年半。そんな時間が経てば、危機感などという物は働かなくなる。

 例えば――もしこの時、僕の第六感が衰えていなくて、帯沼友好の魔眼を見抜ける状況がセッティングされたとしても……事態は変わらなかっただろう。彼と僕は、ほとんど冗談のように似通った存在だし、そこだけ取っても久我峰透との接点は持たざるを得なかったことが分かる。むしろ、その15ヶ月の間に僕たちが接触していなかったこと自体が奇跡なんじゃないかと思えるくらいだ。

 だから、これは必然。変えられない物語。全ての条件が整った上で繰り広げられた始まり以前のプロローグ。仕組まれていた悪意にも気付けないほどに堕落していた、最も脆弱だった時のストーリー。皮肉なエピソード。今も解けていない伏線。認識できない謎。そんなものがただ時系列にそって並んだだけの挿話。だけど、まぁ、時間潰しには丁度良いだろう。話す。あの日は、確かにそういう空をしていた――。

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