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 ――ゆーがっためーる

 <逢いたいなぁ>土曜の夜、バイトから帰ってきた俺を待ち受けていたのは、一件のムービーメールだった。差出人は、水曜シフトで一緒の鍵咲さん。「いつも通り、か」1枚の静止画にゆっくりと流れる、単語の字幕。これは、彼女自身が送ったメールではなく、何か他の力で送りつけられてきたモノだ。ここまで割り切るのに相当な苦労をしたが、慣れてしまえば、怪奇現象も日常の一部となる。――念写能力。その現代版。その手の情報に詳しい友人が散々からかいながらそう結論づけたのを、思い出す。画像が切り替わり、あるバイトの一幕……レジ袋(M2)の束を渡そうとした時のムービーが映し出された。スローでもう一度。<逢いたいなぁ><今何してるんだろう><どきどきしたなぁ>女の子のプライベート心情を一方的に覗き見るのはフェアじゃない気もするが、コレを受け取ってみている側の感情も考えて欲しい。見ざるを得ないけど異様に恥ずかしいんだぞ。<せつないよ><楠見さん楠見さん楠見さん><お夕飯なんだったんだろうな><好物なんなんだろうな>スクラップ編集されていく、俺の日常とパーツ。鍵咲さんは、俺の指先と喉仏とお尻がフェイバリットらしい。二重の意味で、苦痛だ。こんな風に編集された自分のPV、誰がみたいと思うだろう。あまつさえ、妙に美化された俺の喉仏を、嬉しそうに甘噛みしている映像まで出てくる。もはやなんでも有りなのか。<すき><すきすきだいすきだいすきだいすき><楠見さん楠見さん楠見さん>数々の絵文字が横切る中、電波と取れなくもない単語がひしめき始める。頬が引きつるのを感じた。大人しくて良い子なんだけど、こういうのを見てしまうと、さすがに引くな。『―――――ん、』ひび割れた、けれどクリアな音声が、鳴った。俺は慌てて背後を振り返る。が、何もない。しばらくキョロキョロした後、これがケイタイから出力されていることに気付いて、安堵する。<どうしよう><最近とめられない><どうしよう><楠見さんくすみさんくすみさん><頭おかしくなっちゃうのかも>『ぁ、……は』<大丈夫><あとでシャワー><今日はまだ2回目><みんなやってること>鍵咲さんは、なにかよくないモノローグに取り憑かれながら、俺の親指をしゃぶり始めた。その映像が、鮮明な音とビットレートで本人のケイタイに配信されているとは知らず、行為に没頭し始める。……たった今、良心と天使と悪魔と好奇心がバトルロイヤルを繰り広げた結果、俺は、ここでメールの受信をストップすることにした。切。これだけで非科学的な念波メールは遮断できる。電源が入っていなければ受信のしようもない。センターに蓄積されても、明日の朝受信するそれには、なんでもない日常の言葉しか入ってこないだろう。一件落着。俺は変な汗を拭いたくなったので、風呂の水を溜めようと浴室に向かった。――ぴるりるりるりり♪――撤回しておこう。それは俺の勘違いだったらしい。湯の温度を調節しながら浴槽を軽く洗い、湯気の影響がない居間で、おそるおそる内容を確かめてみると、それは普通の画像メールだった。いや、電源を切った状態でも届いたのだから普通のメールではないのだが、とにかく静止画だった。枕。布団と枕越しの部屋。なんだろうコレは。気になったので、ちょっと電話を掛けてみることにした。2コール目で真相に気付いたが、3コール目で取られてしまった。『は、はひっ、かぎさきですっ』聞き慣れた舌っ足らずなヴォイスが、耳をくすぐる。「あ、や、俺……楠見だけど」『あ、はい、解りますっ、聞こえますっ』なぜか焦った様子で、大丈夫です、大丈夫ですと繰り返す鍵咲さん。やばい。多分予想が当たってしまっている。「あんさ、メールが1件、届いたんだけど」「めーる、ですかぁ?」しらじらしく言葉を切った俺に、心底不思議そうな声で問い返してくる彼女。罪悪感が湧いたが、ここで切ったら余計にややこしくなるだろう。言うことにする。「うん、写メール」『ふぇ?あたし、送ったつもりは、』「いや、間違って押しちゃったんじゃないかな――何かのはずみで」『…………ぇ』「うん、まぁ、ね。良くあることだから」『……いま、です、か?』「あ、うん。……確認のためだったから、別に」『いっ、やあああああああああああああああああぁ――――――――っ!?』あらん限りの声量で、そそくさと切ろうとした俺の言葉は遮られ、耳鳴りと後悔が、ぐわんぐわんと頭を駆けめぐった。……メール画像の内容を、先に話すべきだったか。失敗した。『ぁ、だいじょぶ、だいじょぶ、おかーさん、虫さんがね。虫さんがいたの……ぇへへ』すっかり動転した様子の鍵咲さん。さて、どうやってこの状況を収めようかと考えていたところ、『……あのぅ』ひかえめな声で、恐らく震えながら、鍵咲さんが言う。『ご、ごごごめんなさい、あたし、あたし、盗み撮りしたせんぱいの写真見ながら、毎晩毎晩こんな事をっ!』「あ、いや、ね?写メの内容はさ、枕と」『いいんですっ、わかってますっ、きっと、なんかスゴイ顔が送られちゃったに決まってるんですっ!』決められてしまった。そして、案外ショックなカミングアウトをされてしまった。彼女が、後に二重の意味で悶え苦しむのが解る。電話口からは、嗚咽と共に「だめですっ、あたしっ、もうだめですっ」と繰り返す、可哀想な鍵咲さんがいた。全て知っている身としては心苦しくて仕方がない。「うん、まぁさ、過ぎたことだし、気にしないで?」『無理ですっ、気にしないは、無理ですっ』……じゃあ、どうしろと言うんだ。『ごめ、ごめんなさい、でも、でもでも、こうなった暁には、その』テンパって、良い感じに日本語が壊れてきた彼女は、何かの決意を秘めた声で、こう言った。『せんぱいっ!』「はい」『セキニン取らささささせてください――っっ!!!』………………噛みすぎ。

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