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 ――彼女は泣いているのだろうか。焼けただれた世界の中、そこだけが静止画のように動かない。最悪であるとか災厄であるとか、もはやそんな言葉では塗りつぶすことの出来ない、「惨状」と仮に名付けられた部屋。そこでは何もかもが終わり、停止していた。全て――彼女にとっての全ては、とても小さく、物悲しい姿で、僕らに別れを告げている。この部屋に集い、みんなで薄く新しい友情を楽しんだことは、もはや忘れられない出来事になるだろう。僕は――停止した時間を動かすために、彼女の名前を呼んでみた。「――――」届いていない。僕の声は拒絶されている。しかし、彼女はふわりと振り向き、涙の後を拭いながら、メゾソプラノの声でこう言った。「違うのよ」伸ばした人差し指がパースペクティブを突き破って、僕の唇へと触れる。「こんな事は、何て言うことも無いんだから」……それは、彼女が本心で言っていることなのか、それとも小さく引き裂かれた親友の口調を真似た台詞なのか、今の僕には知る由もない。「命令よ、有賀悟史」言葉と共に、呪縛が始まる。「私は、この過ちを許さない。『こんな』『過ち』は『有って』は『ならない』。こんな終わりは無しだ。リセット。全ての状況を初期化してあなたに命じる。やり直せ。コレは、こんなモノが、私たちが描いた未来であるはずがない。みんなが望んだ結末が、こんな下らないモノであるハズがない。今すぐ実行せよ。全て。一切合切やり直しだ。終わってなどいない。終わってなんか、いない。終わりなんて……」彼女の呟きは消失していく。後はただ、唇が円弧を描いてこわばって行くだけ。彼女の力は発動しない。その理由を僕は知っている。彼女は忘れてしまっている。……いや、忘れた振りをして、そのまま気が付かなくなっているのかも知れない。――この状況は、終わっている。軽口ではなく、本心からそう思った。僕に触れた人差し指は、やがて支えるほどの力もなくなり、あご先をかすめて、その後は振り子のように揺れていた。静かになる。何も起こらない。代わりに、彼女の絶叫が空間を満たした。このアクションは、何の奇跡も呼び起こさない。友人達は甦らない。みんなここで死んでしまった。幼い夢は砕けてしまった。それを受け止めることが出来ないから、こうして不様な高周波が鳴り響いている。働かない警報機が堰を切ったかのように誤作動を続ける。電灯が羽虫を焼き尽くしていく。僕は唇を噛みしめていた。何を言うこともできない。ただ彼女を哀れに思い、天を仰いだ。感傷が、小さな台詞を表示している。僕はそれに従い、丁度吸い上げられた呼気に乗せて、呟いた。「やり直せたら――良いだろうね」

 888秒の無言。
 そして全てが狂い出す。

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